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やさしくしないよSS「飼い慣らす有害」※すけべ注意

· SS,創作BL,やさしくしないよ

Attention!

comicoノベルベストチャレンジ・Fujossyで連載中の「やさしくしないよ」のショートストーリーです。いやらしい表現を含む上に、本編にはまったく関係なくオチもないので、ご注意ください。

「なんだよ、これ」
「スタジオに落ちてました。撮影の忘れものかと」
「そうじゃなくて、なんで持って帰ってきた」
「なんとなく」

悪びれもなく佐倉が言った。あいかわらずこいつの思考はまったく読めやしない。都内のレンタルスタジオはこの時期どこも混雑していて、タイトなスケジュールを入れ替わり立ち代わり違うチームが撮影している。衣装や機材の忘れものはよくある話だ。

目の前にはそこからやって来たらしい、猫耳のついたファンシーなカチューシャ。死ね佐倉。

「唯のチームの所持品だったみたいで、明日渡す約束なんですよ」
「じゃあわざわざ俺に見せる必要ないだろ。……まさか着けろってか?」

じろり、軽蔑の眼差しを投げ掛ける。

「ええ、どうせならこれも一緒に」

大きなデスクトップパソコンで写真データの整理をしながら、片手間にポイッと渡されたのはふわふわの長い、マダラ模様の何か。紛うことなきしっぽだ。

(……まじで、ふざけんなよ)

なにを考えているのかわからないが、この性格の悪い男が俺になにを望んでいるのかくらいはわかる。

「着けろって言うんじゃないだろうな、これを」
「犬が猫になるって言うのも趣があって愉快かなと」
「お前のストレス発散に巻き込むんじゃねーよ、馬鹿っ!」

思いっきりぶん投げた猫耳カチューシャがブーメランみたいに見事な円を描き、部屋の壁にぶち当たった。佐倉は画面から目を離さないまま、大げさに溜息をつく。

「なにも笑い者になれと無理強いしてるわけじゃありませんよ。そうですね、例えば……仕事でこれをどうしても着けなければいけなくなった時も、イツキくんはそうやってぐずるんですか?」
「そ、そんな仕事あるわけねえし!」
「君は俺のアシスタントでありながら、カメラの基本も知らないド素人ですよ。どんな雑用が来ても対応するのが君にできることでは?」
「っ!」

ぐ、と身体をかたくする。自然と眉間に皺が寄った。ぐうの音も出なくなる。タイミング悪く、昨日の撮影は渋滞でモデルの到着が遅れた。ライトチェックができないから、モデルが来るまでに俺が女物のカバンを持って立たされる羽目になったのだ。猫耳をつけたモデルを撮影するなんて機会、滅多にないが可能性はゼロじゃない。

「これくらいのことで、ビビってほしくなかったですけどね」

佐倉は非道だ。そうやっていっつも俺のなけなしのプライドに火を点けて、煽るように笑う。

「なめんな、誰に向かってモノ言ってんだ……」

フローリングから猫耳を拾い上げると、佐倉は「へえ」とめずらしく感心してみせた。てめえの罠に、敢えてはまってやる。覚悟しやがれ。



俺のハネまくった黒髪から、ぴょんと黒い耳が覗いている。鏡を見た瞬間に後悔したがもう遅かった。

「ふうん、こう見ると黒猫みたいですね」
「……お前、本当に変人だな。俺にこんなことさせてなにが楽しいんだ」

下唇を突き出して不機嫌ですよって存分にアピールしながら言う。すると佐倉は微笑を浮かべた。

「“よく頑張りました”」

その褒め言葉は、飴と鞭の使い分けに他ならない。俺を掌で転がすために必要な手段。それに一瞬でもドキリとしてしまった俺は、まちがいなく飼いならされかけている犬だ。自分がこの先なにをされても抵抗できない予感がして、怖くなる。

「イツキくん」

優しい指使いにたじろぐ。まるで本物の猫にするみたいに、顎の下、喉元あたりを柔らかく撫でられて、それが意外にも心地がよくて、目を瞑ってされるがままになる。こんな慈しむような手つきは佐倉らしくない。

「思ったより面白いので、撮ってもいいですか」
「い、や……に決まってんだろ!」
「おや、喋る猫なんて聞いたことはありませんが」

とぼけたような佐倉の口調に俺は絶望する。こいつはいつもそうだ。最初に無茶な要望を押し付けて、次の要望を押し通しやすくする。二つとも跳ね除ければいいんだけど、首元に手が添えられているせいでなんとなく防衛本能が働く。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

「にゃあ、って、言ってください」

やっぱり、最初から無視しておけば良かった。かあっと血液が急上昇する。命じるような目で見られても無理なものは、無理なのだ。

「い、言わな……ひっ」

唇に噛みつかれて、否定の言葉は無理矢理遮られた。ちょっと待て、とわたわたさせた右手で佐倉の肩を掴む、が、止まらない。貪るように舌を追われて、絡ませられて、くちゃりと水音を立てられた時に意識がはかなくも蕩けた。

「んん……」

溜め息まじりの吐息が鼻から抜けて、ついでに背筋に篭ってたチカラまで抜けて、へにゃんと床に座り込む。

「にゃ、にゃあっ。……ほ、ほら!言っただろ、もうやめ……」
「鳴いたからって止めるとは言ってませんよ」
「やっ……」
「ちゃんと猫らしくしていたら、優しくしてあげますから」

舌の真ん中あたり、弱いところを絡め取られて何度も舌先で刺激されて、苦しい。崩れ落ちてしまいそうになった俺は両手を掴まれて、佐倉の首の後ろに回すように誘導された。これじゃあみっともなくおねだりでもしているみたいだ。まるでミルクを舐める猫。ちゃぷちゃぷ、逃げようとするたびに口から水音が漏れた。

自分の頭に恥ずかしい猫耳カチューシャなんて代物が乗ってることなんて、もう忘れていた。

「っふ、う、むぅ……」
「……イツキくん」

佐倉の両手が俺の腰に回る。結露しそうな湿度を孕んだ雰囲気は、言葉に出さずとも感じ取っていた。はじまる、わかっていて、それなのに唇は離せない。

こんなに優しい佐倉は初めてだ。拒否したいのに、突き放したいのに、気持ちよくて頭が馬鹿になる。

大きな手のひらが俺のシャツの中に潜り込み、ゆっくりジワジワと、肌の上を滑っていく。上へ上へと登ると、辿り着いた胸元、指先でいじられて甘い溜め息が漏れる。人差し指の腹で軽く押すように、布越しにやわい刺激を与えられるそこは、すぐに物欲しげに勃ちあがる。

「ふ、あ……」

次第に上がってきた息が佐倉にばれないように、口に手をやり、耐える。すると徐に屈んだ佐倉は、Tシャツに浮かび上がった突起を、前歯で甘噛みした。その刺激に、ジンと身体が熱く震えだす。恥ずかしくて、飽きずに胸を攻め続ける佐倉の頭に、すがるように手を伸ばした。噛まれて、布越しのもどかしい感触とか辿々しくこすれる感じだとかが、少し心地良いとさえ思えて恥ずかしくなる。

「ちょっと……態勢変えますよ」

いちいち言ってくれるのも、これまためずらしい。

床にへたりこむ俺に合わせて屈むのは流石にきついのか、佐倉は一旦背筋を伸ばすと、俺をソファの上に優しく押し倒した。横になった瞬間、頭上に違和感を覚え、あれ、と手をやる。

「猫耳、とれって」
「……だめです」

視線をこっちに向けることもしないで、佐倉は首筋にキスを落とした。軽く当てるだけだったり、強めに吸い付いたり、あまく歯を立てたり。はあはあ息を吐きながら不自然に優しいその施しを受けていると、腕を伸ばした彼は、横たわる俺の姿を、頭から爪先に至るまでじっと見渡した。

見られている。逃げたい。でも逃げられない。ソファに突いた佐倉の両肘両膝が、しっかりと俺の身体を挟み込んでいる。佐倉に優しくされたり、褒められたりすると調子が狂う。俺はどんなに嫌だ嫌だとかぶりを振っても罵声を浴びせても抵抗しても、最近は逃げ出すことができないんだ。ちくしょう。

「ほら、鳴いて」
「っ、にゃ、にゃあ……。っは、あっ!むり……」

くにゃくにゃと身体を捩って、強すぎる快感から逃げようとする。その姿を見て、ほんとに猫みたいだって、額に汗を滲ませた佐倉が余裕の無い笑みを浮かべた。柔らかくもないはずの俺の太ももを撫でて、軽く持ち上げたそこにキスマークが滲んだ。色素の薄い唇は、太ももから、付け根へ。焦らすみたいにちょっとずつ這い上がる。爪先にぐっと力が篭って、零れそうになる声の行き場所がなくて、人差し指を噛んで、耐えた。

「その仕草、いいですね。アドリブですか?」

ふふ、と佐倉が笑う。こいつは変態だし、片や俺の頭の上には猫耳がはえてるし。この滑稽な画はなんだ。

「もう、なんなんだよお前。今日おかしいぞ……」
「本当に猫になりきろうとするイツキくんを見たら、楽しくて」
「……はあっ?」
「犬でも猫でも、従順ですね。そういうイツキくんは好きですよ」

なんなんだ、一体。馬鹿な喧嘩を買ってしまった自己嫌悪も、まったく甘ったるくない好きという言葉の意味も、ゆっくりゆっくり、はぐらかされるように優しくほぐされる。ほだされる。

「しっぽもつけていいですよね」
「どうやってつけるんだよ……それ」
「挿れるみたいですけど」
「……それ本当にスタジオの撮影だったのかっ!?」

結局混沌としたお遊びはそこまでだったが、ちゃっかりとテーブルに置きっぱなしだったビデオカメラが作動していたことを知った俺は、二度と佐倉の褒め言葉は信じまいと心に誓った。