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封筒小説再録「お昼寝の話」蒼と夏目

· トーキョーアパートグローリー,SS,創作BL

東京・大阪のイベントで販売した「封筒小説」の完売に伴い、WEB掲載します。

本編とは全く関係がありませんので、箸休め的にご覧ください。

現地でお手に取ってくださった皆さま、ありがとうございました。

■トーキョーアパートグローリー

■神谷 蒼と夏目 恵介 ※CP要素無し

特に用事もない昼下がりに、蒼ちゃんを訪ねた。インターフォンの向こうからは相変わらず「げっ」という、遠慮もなにもない声が聞こえてくるけどそれも構わない。

行くところがないと嘆いてみれば、蒼ちゃんは渋々招き入れてくれることを俺は知っている。

「ちよちゃんは?」

「バイトでいないよ」
 

 勝手知ったる親友の家のソファを陣取る。蒼ちゃんはお茶をグラスに注いでいた。

「暇なんやけど」

「じゃあ帰れよ」
「なんかDVDとかないん?」

「昨日借りてきたトトロがある」

「一緒に観ようや」

「いいけど、真剣に観るから邪魔すんなよ」

それから真面目な顔をしてトトロのDVDをセッティングする蒼ちゃんの姿が、やけに滑稽に思えて少し笑ってしまった。
 

二人でソファに並ぶ。蒼ちゃんは背中を丸めるようにして、グラスを手に取った。両手でお茶を飲むその姿は、普段よりずっと幼く見えた。なんとなく後ろからその背を撫でると、くすぐったそうに身を捩らせる。
 

ソファにもたれながら、しばらく映画の世界に浸っていた。蒼ちゃんは感想を漏らすでもなくなにか雑談を切り出すでもなく、子供向けのそれに夢中になっている。

手持ち無沙汰になって、蒼ちゃんの細い髪の毛に手をやって指先にくるくる絡めていると「なにしてんだよ」と非難の声が上がった。なんだか蒼ちゃんって、触りたくなる雰囲気を出している。それこそ、トトロみたいだ。小さい方の。

一時間を過ぎた頃、急に蒼ちゃんの頭がかくんと傾いた。右手が目元を荒くこするのを横ろから眺める。まだまだ物語は続くのに、無情にも睡魔が襲い始めたらしい。しばらく黙って観察していたら、傾く頻度が尋常でなくなってきた。限界みたいだ。笑うのを堪えながら、優しい手つきで頭を撫でてみる。

蒼ちゃんは一瞬だけこちらを鬱陶しそうに見てから、俺の隣に座り直し、そして膝に頭を乗せてきた。彼氏のちよちゃんを差し置いて膝枕なんて怒られそうだが、こういう時の蒼ちゃんは特になにも考えていないはずだから、今だけは許して。

俺の膝を枕にしてソファに横になり、蒼ちゃんはすやすやと寝息をたてはじめた。何もすることのない俺は、とりあえずリモコンでトトロを停止さた。暇を持て余しつつ、蒼ちゃんの寝顔でも観察してやることにする。

静かになった部屋に、腹が立つくらい穏やかな寝息が響く。
 

「普段あんなにピリピリしてるのに、寝顔はちっちゃい子みたいやなあ」
 

ふふっ、と笑いながら頬をつつく。

ちよちゃんと付き合い始めて、蒼ちゃんはちょっとだけ寝不足になった。せっかく幸せになったはずなのに、緊張や不安で眠れないらしい。つくづく世話の焼ける親友を持ったものだ。

透き通る前髪を指でなぞる。気の緩んだ表情はかなり間抜けである。いつもはこれでもかってくらい眉間に深い皺が刻まれているのに、笑うときと眠るときだけはそれがなくなるのだ。
 

「俺の前以外じゃこんな顔見せへんって、知ってるんやで」
 

頬っぺたをぶにっと引っ張った。眠りから覚めないまま蒼ちゃんはふにゃふにゃ言っていた。

友達に友達を独占されてしまった寂しさはあるけれど、蒼ちゃんの恋は応援してあげたい。でも願わくは、蒼ちゃんの一番居心地のいい場所でありたいと思う。蒼ちゃんがいつ疲れ果ててやって来ても、こうやって気の抜けた顔をして眠れる自分で居続けたい。蒼ちゃんが安心して身を投げ入れられる度量を持ちたい。なんて。


ひとつ大きな欠伸をして、俺も目を閉じた。ちよちゃんが帰ってきたら、嫉妬のひとつくらいするんだろうか。それもそれでおもしろい。いつも面倒をみてあげている親友の特権だ。

特に何もない、ただ穏やかな時間だけが流れる昼下がりだった。